KOKAの頭に泡のように浮かんだ思い・考え、口を衝いて出るつぶやき・ぼやき、等などを詰め込んだスクラップブックのようなブログ。でもやっぱり話題は、趣味の3DCG・ヨット・スキーのことが主になるかも。何故か、花や木の話題も多かったりする(^_^)。
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1972年5月26日、立山スキー行2日目(雷鳥荘〜雷鳥沢〜劔御前小屋・往復)

(注:2020年の新型コロナウィルスに関わる自粛で自宅に籠もっている間、30〜50年ほど前のネガ・紙焼きの写真をスキャンしたものを修復加工し、古い山日記のデータと合わせて手直し、ブログ化)

 

1972年5月26日(金曜日)。6時20分、夜行の「寝台急行つるぎ」富山駅着。車掌が時間の余裕を見て起こしてくれて慌てずに下車できた。駅の売店で「ますのすし」を買い、地鉄の特急の中で食べる。

ケーブル、バスを乗り継ぎ、9時過ぎに室堂のバスターミナルに着く。このバスターミナルもやっと完成に近づいたようだ。

ターミナルを抜けて、雪の上を雷鳥荘へ向かう。10時30分過ぎに雷鳥荘到着。213号室。今の所、一人だけ。

立山・室堂周辺は、上空に薄い雲があるけれど天気は安定して風は弱く晴れ。

11時から、小屋横の称名川へ向いた短い斜面で滑る。丁度、Tバーリフトを取り付けるところで、ワイアロープを引っ張るのを手伝わされた。お礼にと1回目は無料。

すぐに小屋に戻って昼食。

 

食後すぐに、ザックにカメラ、ジュースなどを入れて雷鳥沢を劔御前小屋まで登ることにした。雷鳥荘の標高は2370m、称名川まで約110mほど下り、雷鳥沢を劔御前小屋まで高度差500mを登る。1ピッチ20分で、中間のハイマツ帯。5分休憩。

そこで撮った3枚の写真を合成した「一ノ越・室堂・地獄谷」。

一ノ越・室堂・地獄谷
上の画像をクリックすると大サイズ(3840*2500)画像を表示

 

ほぼ同じ位置で撮った「立山」。

立山
上の画像をクリックすると大サイズ(3840*2395)画像を表示

 

一緒に休憩した人に撮ってもらった「私」。

休憩中の私
上の画像をクリックすると大サイズ(3840*2390)画像を表示

 

同じく、大日尾根をバックに「私」。

大日尾根をバックに私
上の画像をクリックすると大サイズ(3840*2402)画像を表示

 

13時15分、劔御前小屋(注1)に到着。1時間10分で登り切った。小屋の前で剱岳の写真を撮ったり、居合わせた人に写真を撮ってもらったりした。

劔御前小屋の前の私。

劔御前小屋の前の私
上の画像をクリックすると大サイズ(3840*2413)画像を表示

 

劔御前小屋の前、剱沢側で剱岳をバックにした私(居合わせた人に撮ってもらった)。

剱岳をバックにした私
上の画像をクリックすると大サイズ(3840*2402)画像を表示

立山から北側は、午後になってガスが出てきて見通しが悪くなってきた。天気は下り坂。

 

下りはあっけないほど早い。14時には滑り降り、1時間ほどハイマツの間で日向ぼっこ。

Tバーリフトが動いていた。

Tバーリフトが動いていた
上の画像をクリックすると大サイズ(2390*3840)画像を表示

これに2回乗る。

 

明日以降のことがあるので早めに小屋に引き上げて休む。今シーズンはかなり栂池で滑っているので(注2)、滑りの調子は非常に良い。
男性1名、相部屋になる。
夕食は早めに終え、横になるとすぐに眠った。
注1:現在はホームページなどを見ると「剱御前小舎」となっていますが、当時の小屋の看板には写真で見る通り「劔御前小屋」と書かれてありました。
注2:このシーズンの栂池行、1971年12月13日〜15日、1972年1月9日〜13日、1972年1月28日〜2月2日、1972年2月27日〜3月1日、1972年3月12日〜3月15日。週末に加え休暇が取れる限り栂池に出かけていたようです。

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